東京高等裁判所 平成3年(行ケ)122号 判決 1992年1月30日
愛知県刈谷市昭和町一丁目1番地
原告
日本電装株式会社
同代表者代表取締役
石丸典生
同訴訟代理人弁理士
碓氷裕彦
同
伊藤洋二
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
深沢亘
同指定代理人通商産業技官
奥村寿一
同
長野正紀
同
左村義弘
同通商産業事務官
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者が求める裁判
1 原告
「特許庁が平成1年審判第19497号事件について平成3年3月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 原告の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和56年2月11日、名称を「温度検出装置」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和56年実用新案登録願第18368号)をし、昭和61年12月20日実用新案登録出願公告(昭和61年実用新案登録出願公告第45465号)されたが、実用新案登録異議の申立てがあり、平成元年8月9日拒絶査定がなされたので、同年11月23日査定不服の審判を請求し、平成1年審判第19497号事件として審理された結果、平成3年3月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年5月16日原告に送達された。
2 本願考案の要旨(別紙図面A参照)
自動車用空調装置のクーリングユニツトケース内に配設され、蒸発器に関する温度を検出して、圧縮機の運転を制御する温度制御回路へ信号を出力する温度検出装置であって、
検出素子部に、体積が2mm3以下の極小薄板形状を有するマイクロチツプサーミスタを用い、
このマイクロチツプサーミスタと上記温度制御回路に接続される外部回路接続用リード線との間を、線径が0.5mm以下の細いリード線にて接続するとともに、
このマイクロチツプサーミスタと、細いリード線と、外部回路接続用リード線の一部を、樹脂にて一体コーテイングし、かつ、
上記細いリード線が5mm以上の長さを有すること
を特徴とする、温度検出装置
3 審決の理由の要点
(1)本願考案の要旨は、前項記載のとおりと認める。
(2)これに対し、昭和50年実用新案登録願第72112号(昭和51年実用新案登録出願公開第152372号)の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影したマイクロフイルム(以下「引用例1」という。別紙図面B参照)には、
電気冷蔵庫など低温状態で使用する温度検出装置に関するものであって、検出素子部にサーミスタを用い、このサーミスタと外部回路接続用途リード線の間を細いリード線にて接続するとともに、このサーミスタと細いリード線と外部回路接続用リード線の一部を樹脂で一体コーテイングした、温度検出装置
が記載されている。
また、社団法人日本電子機械工業会部品運営委員会編「ELECTRONIC '79 PARTS CATALOG」(社団法人日本電子機械工業会部品部昭和53年10月6日発行)の第94頁(以下「引用例2」という。別紙図面C参照)には、マイクロチツプサーミスタ規格表が示されており、体積が2mm3以下の極小薄板形状を有するマイクロチツプサーミスタが多数記載されている。
さらに、上記カタログの第98頁(以下「引用例3」という。別紙図面D参照)には、SB-1型、SB-4型サーミスタとして、その細いリード線が、
線径がφ50μのpt.wireとφ0.4mmのDumet wireから成り、線長が70mm余であるもの、
線径がφ30μのpt.wireとφ0.15mmのDumet wireから成り、線長が70mm余であるもの
が記載されている。
(3)本願考案と引用例1記載の考案を対比すると、両考案は、検出素子部にサーミスタを用い、このサーミスタと外部回路接続用リード線の間を細いリード線にて接続するとともに、このサーミスタと細いリード線と外部回路接続用リード線の一部を樹脂で一体コーテイングした、温度検出装置である点において一致する。
しかしながら、両考案は、下記の3点において相違すると認められる。
<1> 適用態様
本願考案が、自動車用空調装置のクーリングユニツトケース内部に配設され、蒸発器に関する温度を検出して圧縮機の運転を制御する温度制御回路へ信号を出力する温度検出装置であるのに対し、引用例1記載の考案は、電気冷蔵庫など低温状態で使用する温度検出装置である点
<2> 検出素子部の構成
本願考案が、体積が2mm3以下の極小薄板形状を有するマイクロチツプサーミスタを用いるのに対し、引用例1記載の考案は、体積が特定されていないサーミスタを用いる点
<3> 細いリード線の構成
本願考案が、線径が0.5mm以下、線長が5mm以上であるのに対し、引用例1記載の考案は、線径及び線長を特定していない点
(4)各相違点について検討する。
<1> 適用態様について
本願考案の適用態様は、引用例1記載の考案と同じく低温状態で使用する温度検出装置に他ならない上、そのような適用態様は、本願明細書にも記載されているように、本件出願前の周知事項である(必要ならば、昭和54年実用新案登録出願公開第123881号公報参照)。
したがって、本願考案における適用態様の特定に、格別の意義があるとは認められない。
<2> (検出素子部の構成)及び<3>(細いリード線の構成)について
本願考案は、マイクロチツプサーミスタの体積及びその細いリード線の線径、線長を特定しているが、その特定された数値範囲内にあるサーミスタ及びその細いリード線は、引用例2及び引用例3に記載されているように、周知でごく普通のものである。のみならず、サーミスタの熱応答性を良くするには、熱容量を小にすればよい(すなわち、体積を小にすればよい)こと、細いリード線からの伝熱を小にする(すなわち、伝熱抵抗を大にする)ためには、線径を小にし、線長を大にすればよいことは、サーミスタ設計における技術常識である。しかも、本願考案によって特定された上限値及び下限値は臨界的意味を有するものではなく、適用態様による設計条件に応じ、上記技術常識に基づいて任意に設定し得る値にすぎない。したがって、本願考案がマイクロチツプサーミスタの体積及びその細いリード線の線径、線長を特定した点も、格別の意義があるとは認められない。
(5)以上のとおり、本願考案は、引用例1記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたと認められるから、実用新案法第3条第2項の規定により、実用新案登録を受けることができない。
4 審決の取消事由
引用例1に審決認定の技術的事項が記載されており、本願考案と引用例1記載の技術的事項が審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。
しかしながら、審決は、本願考案の技術的課題(目的)を誤認して各相違点の判断を誤った結果、本願考案の進歩性を誤って否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)相違点<1>(適用態様)の判断の誤り
審決は、本願考案も引用例1記載の技術的事項と同じく低温状態で使用する温度検出装置にほかならない、と説示している。
しかしながら、本願考案は、自動車用空調装置の温度検出に特有の技術的課題(目的)を的確に把握してこれを解決し、自動車用空調装置の実用的価値を高めるために創案されたものである。すなわち、本件出願当時、自動車用空調装置は、主として蒸発器のフロストを防ぎ熱交換効率を維持する目的で、蒸発器フインの表面温度等を検出し、この検出信号に基づいて空調を行っていたため、車室内への吹出し温度が大きく変動せざるを得ず、また、右検出信号に基づき電磁クラツチを開離・接続することによって空調を行うため、圧縮機の運転の停止と開始との間に大きなタイムラグを生ずるという問題点があった。したがって、空気吹出し口が乗員に向けられ、乗員は吹き出された空気の温度を直接感知することを余儀なくされる自動車用空調装置においては、乗員のフイーリングを損わないように、吹き出される空気の温度差を5℃以下にとどめることが望ましいのであって、本願考案は、そのためには「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という新規な知見に基づいて創案されたものである(この「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という知見こそが、本願発明の検出素子部及び細いリード線の構成を決定する上で基本となる知見に他ならない。)。
しかるに、引用例1記載の技術的事項は、電気冷蔵庫など低温状態で使用される温度センサーに関するものである。そして、吹き出される空気の温度差を5℃以下にとどめることが望ましく、そのために「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という自動車用空調装置の温度検出に特有の上記知見は、引用例1あるいは審決が援用する昭和54年実用新案登録出願公開第123881号公報には、示唆すらされていない。したがって、本願考案における適用態様の特定は格別の意義があるとは認められない、とした審決の判断は、本願考案の本質を全く看過したものであって、誤りである。
(2) 相違点<2>(検出素子部の構成)の判断の誤り
審決は、本願考案によって特定された数値範囲内にあるサーミスタは引用例2に記載されているように周知のごく普通のものである、と説示している。
確かに、本件出願前に体積が2mm3以下のサーミスタが存在したことは事実であるが、自動車用空調装置の温度検出に使用するサーミスタには、体積が2mm3以下のものは本件出願前に存在しなかった。現に、引用例2にカークーラー用センサとして記載されているのは直径7mmのデイスク形のものであって、その体積が2mm3を越えることは明らかである。
この点について、審決は、サーミスタの熱応答性を良くするにはその熱容量を小にすればよい(すなわち、体積を小にすればよい)ことはサーミスタ設計上の技術常識である、と説示しているが、その根拠は全く示されていない。本願考案は、実験検討の結果に基づき、熱時定数を25秒以下にするためにサーミスタの体積を2mm3以下の極小薄板形状に特定したものであり、一方、引用例2に記載されている上記のカークーラー用センサの熱時定数は40~100秒であるから、自動車用空調装置の温度検出においてサーミスタの体積を本願考案のように特定することは、設計上の技術常識では到底あり得ない。
さらに、審決は、本願考案によって特定された値は臨界的意味を有するものではなく、適用態様による設計条件に応じて任意に設定し得る値にすぎない、と説示している。確かに、別紙図面Aの第6図には、サーミスタの熱時定数が、サーミスタの体積2mm3を境として急激に変化することは示されていない。しかしながら、「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という知見が上記のとおり新規なものである以上、本願考案が要旨とする「体積が2mm3以下」という限定は、従来技術からは予測し難いものというべきであって、任意に設定し得る値とは到底いえない。
(3) 相違点<3>(細いリード線の構成)の判断の誤り
審決は、本願考案によって特定された数値範囲内にある細いリード線は引用例3に記載されているように周知のごく普通のものである、と説示している。
しかしながら、本願考案が要旨とする「細いリード線」は、マイクロチツプサーミスタと外部回路接続用リード線を接続する線径0.5mm以下、線長5mm以上のものである。しかるに、引用例3記載のSB-1形サーミスタ(標準)の径50μの細いリード線の線長は(サーミスタヘツド及び外部回路接続用リード線の一部を含めて「5~6」と記載されているから)5mm未満である。また、SB-4形サーミスタ(超小形)の径30μの細いリード線の線長は(サーミスタヘツド及び外部回路接続用リード線の一部を含めて「4max」と記載されているから)4mm以下である。したがって、引用例3記載の技術的事項に関する審決の上記認定は誤りである。
この点について、被告は、引用例3記載のDumet wireは、本願考案にいう「細いリード線」である、と主張する。しかしながら、引用例3記載のDumet wireは、マイクロチツプサーミスタに接続されておらず、外部回路接続用リード線に接続されるか不明であり、マイクロチツプサーミスタ及び外部回路用接続リード線の一部とともに樹脂で一体にコーテイングされていない。したがって、引用例3記載のDumet wireは、本願考案にいう「外部回路接続用リード線」であって、「細いリード線」ではない(ちなみに、Dumet wireは、必ずしも被覆線である外部回路接続用リード線に接続しなくとも、プリント基板に半田付けして使用することが可能である。)。
なお、審決は、細いリード線からの伝熱を小にする(すなわち、伝熱抵抗を大にする)ためには、線径を小にし、線長を大にすればよいことはサーミスタ設計上の技術常識であり、本願考案によって特定された値は臨界的意味を有するものではなく任意に設定し得る値にすぎない、と説示しているが、その根拠は全く示されていない。そして、別紙図面Aの第7図に示すように、細いリード線の線長を5mm未満にすると検出温度偏差が急激に増大することが明らかであって、このような知見は、本願考案の考案者によって初めて見いだされたものであるから、審決の上記説示は誤りである。
第3 請求の原因の認否、及び、被告の主張
1 請求の原因1ないし3は、認める。
2 同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。
(1) 相違点<1>(適用態様)の判断について
原告は、本願考案は自動車用空調装置の温度検出に特有の技術的課題(目的)を把握しこれを解決したものであるが、引用例1記載の技術的事項は電気冷蔵庫など低温状態で使用される温度センサーに関するものであって、「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という自動車用空調装置の温度検出に特有の知見は、引用例1等には示唆すらされていない、と主張する。
しかしながら、一般に、制御量を測定しその結果に基づいて制御量を所定の目標値に制御する自動制御系において、制御量の測定をより早く行うことが、より高い精度の制御の前提となることは当然である。このことは、温度制御においても全く同一であって、当業者は、対象とするものに応じて、温度測定をより早く行い得るように努力しているのである。そして、本願考案は、周知の自動車用空調装置において、より高い精度の温度制御を実現するために、より早く温度測定を行い得るような周知のサーミスタを採用したにすぎない。このことは、本願考案の実用新案登録出願公告公報(以下「本願公報」という。)に「本考案(中略)の用途は特に限定されるものではない」(第1欄第14行ないし第16行)、「本考案(中略)の用途は自動車用に限らず、種々の分野に適用可能である」(第6欄第20行ないし第22行)と記載されていることからも、疑いの余地がない。
したがって、本願考案における適用態様の特定に格別の意義があるとは認められない、とした審決の認定判断に誤りはない。
(2) 相違点<2>(検出素子部の構成)の判断について
原告は、自動車用空調装置の温度検出に使用するサーミスタには体積が2mm3以下のものは本件出願前は存在せず、現に、引用例2に記載されているカークーラー用センサの体積が2mm3を越えることは明らかである、と主張する。
しかしながら、審決は、引用例2の記載に基づいて、本願考案により特定された数値範囲内にあるサーミスタは周知でごく普通のものであることを認定したにすぎず、自動車用空調装置の温度検出に使用するサーミスタとして本願考案により特定された数値範囲内にあるものが周知であることを認定したのではないから、原告の上記主張は失当である。
そして、二木久夫著「サーミスタとその応用」(日刊工業新聞社昭和44年5月30日発行。以下「周知例」という。)の第43頁及び第44頁に記載されているように、サーミスタの熱時定数τ、熱容量H、放熱係数Cの間には「τ=H/C」の関係があること、熱容量Hはサーミスタの質量と比熱の積であることは周知の事項である。したがって、サーミスタの材質が特定されるとき、熱時定数τを小にする(すなわち、熱応答性を良好にする)ためには、熱容量Hを小にすべきこと(すなわち、質量=体積を小にすべきこと)は、当業者にとって技術常識に属する事項である。このような技術常識を前提とする以上、サーミスタの体積は、サーミスタを適用する対象に応じて自ずと決定される事項にすぎない。現に、別紙図面Aの第6図には、サーミスタの熱時定数がサーミスタの体積の増加に対応して漸増することが図示されているにすぎず、体積2mmの点に臨界的意味(特異点としての存在意義)は認められないし、そもそも、サーミスタの熱容量は材質によって左右されるのであるから、材質を特定することなしに体積の上限を特定することは無意味である。
したがって、本願考案におけるサーミスタの体積の特定は格別の意義があるとは認められない、とした審決の認定判断に誤りはない。
(3) 相違点<3>(細いリード線の構成)の判断について
原告は、引用例3記載の技術的事項に関する審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、引用例3記載のSB-1形及びSB-4形サーミスタのヘツドに接続されているPt.wireとDumet wireはいずれも絶縁被覆されておらず、しかもDumet wireの線径は0.4mmあるいは0.15mmであって、本願考案の「細いリード線」の線径より細い。このように線径が極めて細いものを「外部回路接続用リード線」とすることは不適当である(本願考案の実施例を示す別紙図面Aの第3図では、外部回路接続用リード線17aは、細いリード線17cの約10倍の線径を有し、絶縁被覆されたものとして図示されている。)。そして、引用例3記載のSB-1形あるいはSB-4形サーミスタを対象とする装置に組み込むときは、
Dumet wireを適宜の長さに切断し、絶縁被覆された「外部回路接続用リード線」に接続するのであるから、引用例3記載のDumet wireは、本願発明の「細いリード線」に相当する。したがって、引用例3記載の技術的事項に関する審決の認定に誤りはない。
ところで、周知例の第238頁に記載されているように、サーミスタは素子を測定対象と同一温度にして温度を測定するものであるから、温度測定をより早く行うために素子に対する測定対象外の熱的影響をできるだけ小にすべきことは、当業者にとって自明の事項である。そして、棒状体の一端から他端への熱伝導は、断面積に比例し長さに反比例することは物理学における周知事項であるから、サーミスタの外部回路接続用リード線に接続された細いリード線を経由する熱伝導を小にするためには、細いリード線の断面積(すなわち、線径)を可能な限り小にし、線長を大にすべきことは、当業者にとって技術常識に属する事項である。このような技術常識を前提とする以上、サーミスタの細いリード線の線径及び線長は、サーミスタを適用する対象に応じて自ずと決定される事項にすぎない。現に、別紙図面Aの第7図には、検出温度偏差が細いリード線の線長の増加に対応して漸減することが図示されているにすぎず、線長5mmの点に臨界的意味(特異点としての存在意義)は認められないし、そもそも、細いリード線の熱伝導は材質によって左右されるのであるから、材質を特定することなしに細いリード線の線径の上限、線長の下限を特定することは無意味である。
したがって、本願考案における細いリード線の線径及び線長の特定は格別の意義があるとは認められない、とした審決の認定判断にも誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第2号証(本願公報)及び第3号証(手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
(1)技術的課題(目的)
本願発明は、自動車用空調装置における温度検出に好適な、サーミスタを用いた温度検出装置の改良に関する(公報第1欄第14行ないし第18行)。
自動車用空調装置における制御温度差は8℃以上にも達する結果、従来技術においては、自動車室内への吹出し空気温度が大きく変動し、空調フイーリングを損うという問題点があった(同第1欄末行ないし第2欄第4行)。
本願考案の技術的課題(目的)は、急激な温度変化に対して敏感に応答できる、熱応答性に優れた温度検出装置を創案することである(同第2欄第16行ないし第19行)。
(2)構成
本願考案は、上記技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用したものである(手続補正書2枚目第2行ないし末行)。
すなわち、本願考案は、従来のサーミスタは素子形状が大きいので検出装置全体の熱容量が大きくなり、急激な温度変化に対する熱応答性を表す「熱時定数」が約60秒以上にも達してしまうこと、しかも、サーミスタの外部回路接続用リード線を介して外部熱がサーミスタに伝達され、上記欠点がより助長されるという知見に基づいて創案されたものである(明細書第2欄第6行ないし第15行)。
そして、所定の体積の極小薄板形状を有するマイクロチツプサーミスタを採用することによって検出素子部自体の熱応答性を改良するとともに、マイクロチツプサーミスタと外部回路接続用リード線の間を所定の線径の、細いリード線で接続することによって、外部の熱がリード線を介してサーミスタに伝達することを極力防止したものである(同第2欄第20行ないし第3欄第3行)。
別紙図面Aはその1実施例を示すものであって、第1図は自動車用空調装置の電気回路図、第2図はクーリングユニツトの自動車への搭載状態の断面図、第3図は温度検出装置の断面図、第4図はサーミスタの斜視図である。図において、17が温度検出装置、17aが外部回路接続用リード線、17bがマイクロチツプサーミスタ、17cが細いリード線、17eが樹脂コーテイング層である(同第6欄第41行ないし第8欄第4行)。
自動車用空調装置はサーミスタの検出温度によって蒸発器からの吹出し空気の温度を制御するから、温度変化に対するサーミスタの熱応答性(本願考案においてはこれを「熱時定数」で表す。)が重要である。すなわち、熱応答が遅れると、必要な温度差より大きな値の温度制御が行われてしまう(同第5欄第7行ないし第14行)。
別紙図面Aの第5図は熱時定数と制御温度差の関係の実験結果を示すものであって、例えば熱時定数が60秒以上になると、制御温度差が8℃以上にも達し、吹出し空気の温度に過大な変動をもたらすが、熱時定数が25秒以下ならば、制御温度差は5℃以下にとどまり、空気吹出し口においてほとんど温度差を感じない。したがって、快適な空調フイーリングを得るには、熱時定数を25秒以下にすることが必要である(同第5欄第15行ないし第29行)。
第6図は、検出素子であるサーミスタの体積と熱時定数の関係の実験結果を示すものであって、aは本願考案の数値範囲である体積2mm3のもので、熱時定数は約25秒であるが、比較例b(体積約7.54mm3の丸形のもの)の熱時定数は40秒、比較例c(体積約19.63mm3の丸形のもの)の熱時定数は60秒である(同欄第30行ないし第42行)。
また、細いリード線17cの線径を0.5mm以下にすれば外部熱の伝達の影響を非常に小さくできることが、実験によって判明している(同第6欄第4行ないし第8行)。のみならず、細いリード線17cが適度の長さlを有することが、外部熱の影響をより少なくするために有効であって、第7図に示すように5mm以上とすることが好ましい(同第6欄第13行ないし第17行)。
(3)作用効果
本願考案によれば、温度検出装置の熱時定数を小さくしているため、温度検出の応答性が大幅に改良され空調装置の温度制御を良好に行うことができる。また、全体の形状を小形化できるため、狭い場所への設置が容易である。そして、樹脂による一体コーテイングを施すことによって、マイクロチツプサーミスタ及び細いリード線等を構造的に補強し、外部の力から保護できる(同第6欄第28行ないし第39行)。
2 相違点<1>(適用態様)の判断について
原告は、本願考案は自動車用空調装置の温度検出に特有の技術的課題(目的)を的確に把握し、乗員の空調フイーリングを損なわないためには「サーミスタの熱時定数を25秒以下にする必要がある」という知見に基づいて創案されたものであるが、引用例1あるいは審決が援用する昭和54年実用新案登録出願公開第123881号公報には上記知見は示唆すらされていないから、本願考案における適用態様の特定は格別の意義が認められないとした審決の判断は誤りである、と主張する。
しかしながら、一般に、制御すべき量の変化を自動的に検出し、これを目標値と絶えず比較してその間の誤差を常に減少させるような調整操作を自動的に行わせる自動制御系においては、制御すべき量の変化の検出をより早く行うことが、より高い精度の制御を行うための前提となることは当然である。そして、本願考案が要旨とするところは、周知の自動車用空調装置においてより高い精度の制御を行うために、より早く温度検出を行い得るサーミスタの構成を採用したというにすぎない。そして、採用されたサーミスタ自体は、本件出願前に周知のものに他ならないのである。したがって、本願考案の温度検出装置を「自動車用空調装置のクーリングユニツトケース内に配設され、蒸発器に関する温度を検出」するものに限定した点には、技術的にみて何ら格別な意義が認められない。このことは、前掲甲第2号証によれば、本願公報に「本考案(中略)の用途は特に限定されるものではない」(第1欄第14行ないし第16行)、「本考案(中略)の用途は自動車に限らず、種々の分野に適用可能であることは自明である。」(第6欄第20行ないし第23行)という記載があると認められることからも、疑いの余地がないというべきである。
原告が主張する本願考案に関する新規な知見は、上記のように、制御温度差を5℃以下にとどめることを企図して求められたものであるが(別紙図面Aの第5図を参照)、およそ自動制御においてより高い精度の制御を行うためには制御すべき量と目標値との差がより少ないことが望ましいことは、当然の事項にすぎない。のみならず、後に述べるように、上記知見に基づいて限定されたというサーミスタの体積、細いリード線の線径及び線長の各数値にはいずれも臨界的意義を認め難いから、原告の上記主張は当たらないというべきである。
3 相違点<2>(検出素子部の構成)の判断について
原告は、自動車用空調装置の温度検出に使用するサーミスタには体積が2mm3以下のものは本件出願前に存在しなかったところ、本願考案は熱時定数を25秒以下にするために体積を2mm3以下に特定したのに対し、引用例2記載のカークーラー用センサの熱時定数は40~100秒であるから、検出素子部の体積を本願考案のように特定することは設計上の技術常識であるとした審決の判断は誤りである、と主張する。
しかしながら、審決は、上記のように、引用例2記載の技術的事項を援用して、本願考案によって特定された数値範囲にあるサーミスタが周知でごく普通のものである、と説示しているにすぎず、自動車用空調装置の温度検出に使用するサーミスタとして上記数値範囲にあるサーミスタが周知であったことを認定しているのではない。したがって、原告の上記主張は、審決の説示に沿わないものであって、失当である。
そして、およそサーミスタの熱応答性を良好にするためには、その熱容量を小にすればよい(すなわち、体積を小にすればよい)ことは技術的に自明の事項であるから、サーミスタの体積をどの位に設定すべきかは、それを適用する対象に応じて、おのずと決定される設計事項というべきである。
また、原告は、熱時定数を25秒以下にする必要がある、という知見が新規なものである以上、「体積を2mm3以下にする」という限定は任意に設定し得た値ではない、と主張する。
しかしながら、本願公報の図面である別紙図面Aの第6図を検討しても、熱時定数との関連においてサーミスタ素子体積2mm3という数値が臨界的意義を持つことは全く認められないし、そもそも、サーミスタの熱応答性はその材質によって大きく左右されるものと考えられるから、材質を特定することなく体積の上限を特定することに格別の技術的意義を認めることはできない。
したがって、本願考案がマイクロチツプサーミスタの体積を特定した点に格別の意義があるとは認められない、とした審決の認定判断に誤りはない。
4 相違点<3>(細いリード線の構成)の判断について
原告は、引用例3記載のSB-1型サーミスタの径50μの線、SB-4型サーミスタの径30μの線の線長はいずれも5mm以下であるから本願考案の「細いリード線」に該当しないし、引用例3記載のDumet wireは本願考案の「外部回路接続用リード線」であって本願考案の「細いリード線」に該当しないから、引用例3記載の技術的事項についての審決の認定には誤りがある、と主張する。
しかしながら、成立に争いない甲第6号証によれば、引用例3記載のDumet wireの径は0.4mmあるいは0.15mmにすぎないと認められる、このように径が極めて細い線を外部回路接続用リード線とみるのは不自然である。したがって、SB-1型あるいはSB-4型サーミスタを対象とする装置に組み込むときは、Dumet wireを適当な長さ(もとより5mm以上とすることも可能である。)に切断した上、これをしかるべき外部回路接続用リード線に接続し得るものというべきである。
そして、およそサーミスタによる温度検出を精確に行うためには、サーミスタに対する測定対象外の熱的影響をできるだけ小にすべきこと(したがって、サーミスタにリード線を使用するときは、リード線の線径を可能な限り小にし、線長を大にすべきこと)は技術的に自明の事項である。したがって、サーミスタにリード線を使用するとき、リード線の線径及び線長をどの位に設定すべきかは、それを適用する対象に応じて、おのずと決定される設計事項というべきである。
また、原告は、本願公報の図面である別紙図面Aの第7図によれば、細いリード線の線長を5mm未満にすると検出温度が急激に増大することは明らかである、と主張する。しかしながら、上記第7図を検討しても、検出温度偏差との関連においてリード線の長さ5mmという数値が臨界的意義を持つことは全く認められない(同図には、細いリード線の線長の増加に伴って検出温度偏差が漸減することが示されているにすぎない。)、そもそも、リード線の熱伝導はその材質によって大きく左右されるものと考えられるから、材質を特定することなく線径の上限、線長の下限を特定することに格別の技術的意義を認めることはできない。
したがって、本願考案が細いリード線の線径及び線長を特定した点も格別の意義があるとは認められない、とした審決の認定判断に誤りはない。
5 以上のとおりであるから、各相違点に関する審決の認定判断はいずれも正当であって、審決には原告が主張するような違法は存しない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
<省略>
別紙図面C
OSマイクロチップサーミスタ規格表OS Micro chip Thermistors
品名Parts No. 抵抗 Resistance at 25℃(2) B定数B-Constant(K) 然放散定数Thermal dissipation constant (mw/℃) 然時定数Time constant (scc) 寸法Nominal dimension (m/m) a b
151-251-21( ) 250 3500 2.4 4.5 2 0.25
151-501-22( ) 500 〃 2.5 5.5 2 0.5
151-102-11( ) 1000 〃 1.2 3.0 1 0.25
151-202-12( ) 2000 〃 1.3 4.0 1 0.5
151-502-05( ) 5000 〃 0.8 2.0 0.5 0.25
152-152-21( ) 1500 3950 2.4 4.5 2 0.25
152-302-22( ) 3000 〃 2.5 5.5 2 0.5
152-502-11( ) 5000 〃 1.2 3.0 1 0.25
152-103-12( ) 10000 〃 1.3 4.0 1 0.5
152-303-05( ) 30000 〃 0.8 2.0 0.5 0.25
※( )内に抵抗公差を表わす数字(3:±10%、4:±5%、5:±2%、6:±1%)
<省略>
別紙図面D
<省略>
■SB形サーミスタ製作可能範囲
Available Resistance Range for SB type Thermistor
分類Classification A B C D
抵抗範囲(at 0℃) Resistance Value Range(at 0℃) 4kΩ~50kΩ 40kΩ~100kΩ 80kΩ~500kΩ 400kΩ~1000kΩ
サーミスタ定数B(K) Thermistor Constant B(K) 3400±80K 3440±80K 3500±80K 4000±80K